私立中学の偏差値の弊害
偏差値こそなかったが日本の昔の中学校は官高民低で公立の方が私立中学より一般的にレベルが上であった。欧米などは当時から当然ながら私立中学の方が名門校が圧倒的に多い。金のかかる分だけ質が良くなる道理で、私立中学にいけぬ貧困層がよってたかって公立校に通学するのが欧米であった。
この傾向が団塊世代の入試が一区切りつき出すと、日本もどんどん欧米化し始め、最近では公立中学なんかに行かせたらもう大変、授業どころではないのだから是非とも私立中学へ……とハーレムの暴力公立学校のような事件の発生を受けて井戸端も偏差値談義がかまびすしい。確かに公立中学校の凋落ぶりは目に余る。男の先生には暴力を働き、若い女の先生には性的な暴力を働くというから、これは確かに昔のハーレムの学校そのままである。現実を教師仲間に確かめると、肯定した挙句、冗談抜きで私立中学の進学を勧めるのだ。
私立中学にはこのような「危険防止」的考えもあるが、一方では伝統的に品格を旗印に掲げるところが多く、私立中学1年生となると男女共にどう見ても公立の雑多な私服に比肩し、その制服の上品さ、可愛らしさが目につく。己の家の近所の公立学校に向かう子供を見てから電車や送迎の高級車から降りるお坊ちゃん、お嬢ちゃんの一群に我が子も入れんと慌てるのは当然のことと言える。
そこで、あの言葉づかいも最近のガキどもとはちょっと違うあの坊や嬢やの私立中学の偏差値は……と調べることになる。かくて私立中学の美麗さに感動した親は今まで口にすること皆無であった偏差値なる言葉を「偏差値が…」「偏差値に…」、と大騒ぎするようになり私立中学入試シンドロームやら私立中学偏差値症候群やらへと繰り込まれていくのである。